村上春樹さんの本、「ノルウェイの森(下巻)」を読み終わりました。
面白かった
この表現があっているのかどうかわかりませんが、面白かった・・。というか、かなり引き込まれました。この本、確か僕が小学生か中学の頃にベストセラーランキングを独走していたのを記憶しているのですが、今読んでもとても楽しめます。
何が良いのだろうか
ストーリーにそれほど劇的な変化はないように思うのです。主人公のワタナベくんと、その周りの人たちとの恋や悩みの物語なのです。僕が印象に残っているのは、レイコさんが如何に精神的に病んでいったかが描かれているところです。
レイコさんと言うのは、ワタナベくんの恋人と一緒に住んでいる年上の女性なのですが、あることがきっかけで、大きく精神的に病んでしまうという人生を送っています。その辺のいきさつが僕にとっては妙に心に響きました。村上春樹の描写が、とても現実的で本当にありそうなのです。村上春樹は想像で書いているのだろうか、それとも何かモデルのようなものがあるのだろうか・・・。
精神疾患と、性描写
見出し通り、この本には、精神疾患と性描写がたくさん出てきます。ネットでいくつかこの本のレビューを読んでみたのですが、この2つのファクターはなかなか大事なのだそうです。僕には、まだその大事さがよくわからないのですが、でも確かにこれらに大きく引きつけられたと思います。自分でもなぜだかよくわかりません。
他の作品も読んでみよう
今のところ、村上春樹さんの長編小説は、「ねじまき鳥クロニクル」とこの「ノルウェイの森」を読みました。読んだあとで、ネットでの評価を見てみると、「ねじまき鳥」は、かなりの賛否両論。「ノルウェイの森」は、村上春樹の分岐点になっているとの文章もありました。というわけで、他の作品にもかなり興味津々なので、引き続き読み進めてみたいと思います。
村上春樹さんの大ベストセラー作品、「ノルウェイの森(上巻)」を読みましたよっと。
村上 春樹
講談社
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上巻だけですけど、毎晩お風呂に浸かりながら、しっかりと読みました。相変わらず村上春樹さんの文章には、引き込まれます。
主人公は村上春樹に似ている
主人公の「ワタナベ」くんは、とても作者の村上春樹に似ています。どちらも神戸で育ち、東京の大学に入り、そしてスコット・フィッツジェラルドというアメリカの作家が大好きなのであります。
ちなみに、この「ノルウェイの森」を読む前に、スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」を読んでおくと、ほんのちょっとだけわかる部分が増えると思います。ほんのちょっとだけなので、読まなくてもそれほど問題はないかと思います。
非日常的な部分はそれほどない
村上春樹の小説といえば、短編集を何冊かと、長編では「ねじまき鳥クロニクル」を読んだくらいなのですが、そのどれもが、「日常生活からシームレスに非日常的なシーンに変わっていく」という印象を受けました。例えば、「ねじまき鳥」だと、普通の生活を送っていた主人公の男が急に何日も井戸の中で過ごすようなことです。
「ノルウェイの森」は、上巻だけですけどそういう非日常的なシーンは特になかったように思えます。こういうところが、「ノルウェイの森は村上春樹の作品の中では異色なのよ!」と友人に言わしめる所以なのでしょうか。
読み込ませる文章力は素晴らしい
ただ、そういう非日常的なシーンがなくてもやっぱり村上春樹さんの文章はすごいと感じさせてくれます。非常にきめ細やかな描写で、しかも全然押しつけがましくありません。「ミドリ」という女の子が登場人物で出てくるのですが、このミドリがなぜ料理が得意なのか語るシーンが、なぜか面白いのです。特に奇をてらっている文章でもないのですが、非常に魅力的な文章なのです。これはもう春樹ワールドがなせる業なのでしょう。
何が言いたいのか
僕は、ちょっと前に吉本隆明さんに影響されて、「その作家がどういう気持ち、意図でその内容を書いているのか、それを感じるのと感じないのとでは大きな違いがある。」という意識を持って小説を読んでいます。いわゆる「モーツァルトの楽譜をただ弾いているのと、モーツァルトがどのような気持ちでその音楽を作ったのか考えながら弾くのとでは大きな違いがある。」というものです。
「ノルウェイの森(上巻)」を読みながら、村上春樹はなぜこのような小説を書いたのか、そういうことを考えていました。でも答えは出ていません。単純に恋愛小説を書きたかっただけなのか。どうなんだろうなぁ。そういうこと考えながら小説を読むのもなかなか楽しいです。さて、下巻も楽しみだ。