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吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~

Posted by kharuna on 木曜日, 15 1月, 2009

1月4日にNHKで放送されたETV特集、「吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~」を見ました。

これまでの放送内容
戦後思想界の巨人と呼ばれ、日本の言論界を長年リードしてきた吉本隆明(よしもと・たかあき)さん。84歳になった今も、自らの「老い」と向き合いながら、思索を続けている。

僕は、テレビ画面にイチローが出てくると、いつも釘付けになってしまうのですが、それと同じくらいこの番組に釘付けになりました。90分の放送の中で説明らしき場面はほんの少しで、あとはずーっと吉本隆明さんがしゃべっているのを映している番組でした。かなり面白いことを話していたのと、いろいろ参考になる哲学者、文学者の名前が出てきたので、ここに書いておこうと思います。

終戦について

吉本さんは、終戦の時、富山県魚津市の化学工場で働いていました。その時にラジオで、天皇陛下の玉音放送を聞きました。吉本さんは家に帰って一人で泣きました。理由はなく、なぜかただただ泣くだけだったそうです。吉本さんは、降伏したいと思っていたのではなく、“主戦主義者”であったため、あくまで戦いましょうという姿勢でした。吉本さんの5歳年上のお兄さんは陸軍に入隊し、戦死したそうです。

吉本さんは、終戦してから5,6年は「世界を知る方法というのは少しも知らなかったな。」ということに気づき、猛勉強しました。その時が一番勉強したときだということです。そして、吉本さんは世界を知るために、アダム・スミスからマルクスまでの「古典経済学」に辿り着きます。

アダム・スミスについて

吉本さんは、アダム・スミスというのはとても偉い人だなと思いました。それは、彼の主著である「国富論」において、誰にでもわかる言葉で(優しい言葉で)、古典経済学の考え方を記していたからです。

例えば、野原にリンゴの木があるとします。そのリンゴの一つを取って食べたいとしたときに、その価値は、「自分が立っているところから、そのリンゴを取るために木まで歩いていって木に登り、降り、戻ってきたときに、その労力がそのリンゴ一つの価値であると言うことです。

吉本さんは、この古典経済学を学んだときに、終戦で生きる意味を失っていた自分にとって、「世界の仕組みを知る古典経済学と、自分が今まで培ってきた文学的素養を組み合わせれば、この世界を生きていけるな。」と思ったそうです。

芸術言語論について

吉本さんが、言語について考えるときに、世間一般で使われている「コミュニケーションのための言語」というのは否定するところから始めました。言語の「幹」と「根」は「沈黙」である、という風に考えました。コミュニケーションのために使われる言語は、植物の木で言えば「枝葉」にあたるのだ、と。言語の重要なところではない、と。

吉本さんの「芸術言語論」というのは、より「幹」に近いところの自分の言葉、吉本さんオリジナルの言葉で言えば、「自己表出」が大事であるとおっしゃっています。そして、コミュニケーションで使われるための、「枝葉」にあたるところの言葉を「指示表出」であるとおっしゃっています。

例えば、人がきれいな花を見て「あぁ、きれいだ。」とつぶやくのは、「自己表出」。その花を指さして、他の人に「きれいな花だね。」と言うのが「指示表出」です。表出というのは、人間と自然との欠かすことができない交通路のようなものだと吉本さんはおっしゃっています。

人間というのは、表現(表出)をすると変化を伴います。例えば、ある学者さんが机の前で学問のことを考えているだけでも、それを続けているとやはり学者らしくなってきます。このように人間が表現すると言うことは、必ず自然から何かしら返ってきます。両者が相互作用していると言うことなのです。

森鴎外について

夏目漱石と並ぶ、日本を代表する近代日本文学作家。主著に「山椒大夫」や「高瀬舟」があります。陸軍軍医総監でもありました。作品の中に「半日」というものがあります。明治42年に書かれた短編集。同居している妻と姑の仲が悪く、その仲裁に半日を費やすところが描かれています。

吉本さんは、この作品の何が問題なのかというと、森鴎外ほどの調和のとれた人でも、このような人間関係によって進退窮まって、理屈にもならない理屈をこねてしまうところだとおっしゃっています。この例を通して、

「精神構造」ー「その表現」ー「表現の結果」

この直線を凝縮して表現しているところが面白いところであると吉本さんはおっしゃっています。

三四郎について

主人公の三四郎とその先生が、先生の見た夢について語るシーンが取り上げられています。「三四郎」というのは、漱石の作品の中でももっとも楽しいものですけども、このシーンだけは、「漱石の関係妄想」がよく出ている箇所だと吉本さんは言います。

漱石はイギリスへの留学時代、うつ気味になっていたことで有名です。このような人間性というか、その人の精神構造が、ここに現れてきているとのことです(ちょっとここは文章にしにくいです)。

吉本さんは、森鴎外や夏目漱石の例を挙げて、「作品と、その人の精神構造と、その人の言葉に表れた芸術言語を凝縮して考えれば、その人の芸術言語というのは、その人の宿命を指さしている」と言います。「文芸批評という領域があり得るとすれば、作品の批評をするときに、その作品とその作家の精神構造が強い糸でつながっているということを明瞭にできるのであれば、文芸批評としての本来の役割はできていると言える。」とも言っています。

これは、音楽で言えば、モーツァルトの思想を理解して演奏しているのと、ただ単に音符を演奏しているという違いの関係と言い換えることができます。

芸術の価値

芸術の価値とは、吉本さん曰く、「沈黙に一番近いところから出てくる、沈黙に近い片言のような、自分だけが理解できるような自己表出の部分が、芸術の価値の大部分を構成しています。」とのことです。芸術の価値で一番良い例で言うと、京都大学の先生であった、桑原武夫さんの「第二芸術論」のことです。

第二芸術論

俳句で有名な松尾芭蕉が作った作品から、松尾芭蕉の名前を消して、他の作品と混ぜて読者に見せると、読者は松尾芭蕉の作品がどれで、どの作品が良いのかわからない、と言う例があります。例えばポール・ヴァレリー(フランスの詩人)の作品を頭に置くと、芭蕉の作品がどれかわからなくなるんだと、桑原さんは言っています。

これに対して、小林秀雄さんは日本の文学は、バルザックのような非常に秀でた芸術作品にも劣らないものだと主張しています。吉本さんも、これに賛同しています。しかし、日本の芸術の中には、「縮小することによって、芸術を新たにする」という傾向性があるともおっしゃっていて、これが日本文学の大きな特徴だと言っています。

だから、芭蕉の俳句を作者の名前を隠して見せるとわからないじゃないか、一見してバルザックのような長編小説だとわかるようなものではないかというのは、その論議自体がおかしいんじゃないか、とのこと。

すなわち、自己表出、「幹」の近くで表現された言葉であることに変わりはないと言うことです。では、指示表出は芸術に関わりはないかというと、そんなことはないのです。副次的には関係があると吉本さんは言っています。小説を例に取ると、自己表出の合間に起伏のようなものを作るのは指示表出です。

横光利一について

作家であり、俳人。吉本さん曰く、日本の近代作家の中で、唯一、「自己表出」と「指示表出」をきちんと意識して作品を作った作家とのこと。著書に「旅愁」、「日輪」など。どういうことかというと、日本の文学には、「純文学」というものと「大衆文学」に分けられてしまう。これに対して、ヨーロッパの文学は、「純文学であり大衆文学」というものが存在する。

これを意識して、横光利一という人間は、「日本でも純文学であり、大衆文学でもあるという作品が作れないものか。」ということを考えて活動した人だそうです。

さらに具体的な作品を例に挙げると、ドストエフスキーの「カラマーゾフ兄弟」というのは、純文学としても非常に面白く、そして筋も面白い、両方の性質を兼ね備えた作品です。つまり、「自己表出」の部分でも面白く、「指示表出」の部分でも楽しめるという作品なのです。

そして、「芸術に価値というものがあるのか?」というのを考えて世に出たのが、太宰治です。この人は、「芸術の価値なんて考えたことない。」ということを言っている人です。これは、昔からヨーロッパなどでも論じられていることでもあります。

マルクスの機能主義について

吉本さんは、これに対して「機能主義(Functionalism)」を挙げて話しています。これは、カール・マルクスが、「資本論」の中で、「芸術も修正を加えれば、すなわち、労働価値を加えれば加えるほど、よくなるのではないか?」と書いていることに言及していることです。吉本さんは、そうではない、芸術というものは即興で作ったものでも芸術になり得るんだということを言っています。そこで、機能主義でモノを見るのは危ないなぁと吉本さんは思うそうです。

編集後記

今の芸術は、昔の芸術に劣るのだという論があります。それは文学にもあることだし、音楽にも言えることだと吉本さんは言います。一見、文明が発達している現代の方が芸術が劣っているということはどういうことでしょうか?

これは、現代の言葉というのは、コミュニケーションを成立させるためのものという側面が強いですが、昔はそうでなかったわけです。つまり、いろいろな専門性を増した現代の言語は、「幹」や「根」にはならないわけです。だから、文明が発達していけばしていくほど、芸術はだんだん小さくなっていくということも言えるわけです。

昔の人は、他に目を向けることがないということもあり、自分というもの、すべての人間性をこめて、芸術を作っていたわけです。


【テレビ】NHKスペシャル-病の起源「糖尿病」

Posted by kharuna on 日曜日, 16 11月, 2008

NHKスペシャル、「病の起源」を見ました。今回は「糖尿病」について。

ホームページ
NHKスペシャル|病の起源

大学で学んでいる糖尿病を、NHKがどのように放送するのかと思って見てみました。結論から言うと、糖尿病に関するメカニズムもわかりやすかったし、大学では教わっていないこともあった。いつものようにポイント挙げてみます。

  • 胃の上部にバンドをつける手術
  • 胃の上部(噴門部あたりか)に、満腹を感じる部分があり、そこに食べ物が滞留するとあまり食が進まなくなる。また、砂時計の要領で胃に食べ物が落ちていくので、長時間満腹感が味わえる、とのこと。実際にこの手術を受けた人は、2ヶ月で15キロ(!)も痩せていました。

  • ドパミン受容体の現象について
  • 肥満症の人はどうして食べることをやめられないのか?と言うことを脳科学的に分析していました。脳のドパミン受容体が減っていて、なかなか満腹感を得ることが出来ないと言うことです。

  • 日本人糖尿病者の75%が肥満ではない
  • 肥満ではない糖尿病者が日本人に多いことは聞いていましたが、まさか75%とは!本当にインシュリン分泌量が欧米人に比べて少ないんですね。

  • 食べ物が質素すぎてもダメ
  • これは、あまりに食べ物を制限すると、逆に糖尿病患者が増えてしまうというお話。妊婦さんの食事摂取量が低いと、生まれてくる子供のインシュリン分泌能が下がり、将来糖尿病になりやすい、ということでした。

なかなか勉強になることもあり、見て良かったです。個人的には、進行役の渡辺えりさんがかなり女性として公開しにくいこと(例えば自分の体重など)を、番組で紹介していたことです。芸能人魂を感じましたよ。来週は、病の起源としては最終回となる「アレルギー」についてです。楽しみですね。


【テレビ】情熱大陸「大野和士」(指揮者)

Posted by kharuna on 日曜日, 2 11月, 2008

今週の情熱大陸は、指揮者「大野和士」さんでした。

情熱大陸
今、世界中からオファーが絶えない日本人指揮者がいる。大野和士48歳。東京芸術大学を卒業後、25歳でドイツへ留学。以来、欧州を中心に活躍を続け、2002年からのベルギー王立歌劇場(モネ劇場)の音楽監督では、数々の世界初演を手がけ、耳の肥えた聴衆や批評家からも「モネの幸運」「ブリュッセルの奇跡」と絶賛されている。

番組の始めは、ベルギーの音楽監督からスタート。オペラの音楽監督というのは、楽団の指揮はもちろん、ソリスト、合唱とすべての練習を見なければいけません。話す言葉もイタリア語、ドイツ語、フランス語と多様。

大野にとって、モネ劇場最終日。多くの観客から拍手喝采を浴びる。

僕が感動したのは、ベルギーのモネ劇場からフランスのリヨン劇場に移籍する間の2週間。日本へ帰国し、9つの施設(用語ホームや病院)を訪れ、そこでコンサートを開く(大野はピアノを弾く)。そして、すぐさまフランスへ向かう。非常に精力的で、そして音楽が好きな人なんだなと思えるエピソードでした。

フランスのリヨン劇場でも大変な歓迎ぶりで、大野和士という人はよほどクラシック界から愛されているんだなと思った。そして、やっぱりクラシックはヨーロッパが本場だなと感じた。非常に優雅だ。僕はヨーロッパに行ったことはないが、もし行くときがあれば、クラシック劇場で一度は音楽を聴いてみたいと思った。

来週は、大工棟梁「宮内寿和」。


【テレビ】情熱大陸「柿沢安耶(パティシエ)」

Posted by kharuna on 日曜日, 26 10月, 2008

今日の情熱大陸メモ。録画せずにそのままメモしたので、間違っている部分があるかもしれません。ご了承ください。

柿沢安耶(パティシエ) – 情熱大陸
女子小学生憧れの職業となったパティシエ。なかでも、野菜スイーツ専門店「ポタジエ」のオーナーシェフである柿沢安耶が、注目を集めている。旬の野菜を使ったヘルシーなスイーツが女性たちの心をつかみ、ファッション誌からの取材、有名百貨店での催事など、依頼はひっきりなしだ。

畑に来ると心が躍る。31歳。野菜が好き。野菜をはぐくむ大地が好きだ。お菓子を作り続けている。一回の印象で野菜を嫌いになるのはいや。野菜の風味を決して消さないこと。

ヘルシーとおいしい。きれいになれる絶品スイーツ。野菜を使ったクリスマスケーキ。「かわいらしく」を心がけて完成させる。トマトがダメな女性が平気でトマトのケーキを食べている。

野菜嫌いの子供とその母親を集めて、お菓子作り。食育は楽しく、おいしく。農業大学に呼ばれ、講演することもある。野菜のちからで日本をもっと元気にしたい。

朝9時、お店到着。スタッフは総勢30人。20代が多い。オーガニック野菜をチェック。農家から直接仕入れている。野菜ばかりのスイーツ作り。

ゴボウショコラ。アボカドはレアチーズとの出会いでさわやかな芳醇さを醸し出す。深夜、新しいスイーツ作り。サツマイモのロールケーキ。そこにレモン果汁を加える。ゆずと芋と醤油は合いそうな気がする。生かすべきは野菜の個性。

柿沢の食事は野菜と乳製品がメイン。椎茸は芯の太いのがよい。トマトは白い筋がいっぱいあるのがよい。にんじんは、へたが小さいのがよい

店の近くに夫と一緒に住んでいる。冷蔵庫に野菜が一杯。冷蔵庫に肉や魚は一度も入ったことがない。

東京渋谷に生まれる。ぜんそくとアトピーに苦しむ。外出も出来ないほど。小学生低学年の時は月に半分くらい休んでいた。回復のきっかけは食生活の改善。野菜が大切と知る。フランスへ留学し、料理を学ぶ。

7月山形県鶴岡市。トマトの生産農家、山本さん。直接そこへ足を運ぶ。ビニルハウス内の野菜を見る。山本さんは、柿沢さんのスイーツを食べたときにその感性を知る。

8月22時30分。
百貨店で新作シーツの発表会をするための準備。トマトジャムのロールケーキ。トマトのゼリー。クラリフェのゼリー。土台のムースが水分多すぎで失敗。朝4時に帰宅。

百貨店に提案。食育のイベントをしてはどうか?すべて彼女に任された。

夜。
イベント用のイラストを作る。深夜1時、夫が帰宅。深夜2時。夫に、「もうやめなさい」と止められる。

9月、新作スイーツのお披露目。
問題発生。トマトの黒いところがとれていない。オーブンで焼けると黒くなる。開店が近い。スタッフと一緒に焦げたところだけをのぞいた。大地の恵みと農家の汗を無駄にしたくない。

開店。
お客さんが次々とやってくる。食育のイベント。子供中心に話をする。山形から取り寄せたトマトの苗木。

朗報。
山梨県の野菜パウダー。野菜の風味と栄養価がしっかりと残されている。柿沢が待ち望んでいた品だった。余剰作物の問題。捨てられていく野菜がもったいない。そして完成したのが野菜パウダー。あとはこれをどう使うか。

野菜パウダーを使ったものが商品化された。野菜のさくさくスナック。赤ピーマン。ショウガを使ったバウムクーヘン。ほうれん草を使ったスティックチョコ。好評。

今の活動で、農業に貢献できているかというとそうでもなく、これからどんどんそういうことをやっていきたいと思います。次の材料は、キノコです。キノコのケーキ。


【テレビ】情熱大陸「幅允孝(ブックディレクター)」

Posted by kharuna on 日曜日, 19 10月, 2008

本日の情熱大陸をメモ(録画せずにその場でメモしたので正確ではないかもしれません。ご了承ください。)

ブックディレクター 幅允孝(はば よしたか)
幅の仕事は特定のテーマに沿った本を選び、本棚に並べること。本を選ぶのが仕事になるの?という疑問も湧いてくるが、仕事の依頼はひっきりなしに来るらしい。これまでに数々話題の店を手がけてきた。

幅允孝さんの本の陳列方法について紹介。
「本が売れないのは確かなんですけど、本を求める気持ちみたいなモノは変わらないんじゃないか?」(幅允孝さん談)

ドイツ、ベルリン。
本の買い付けで年に数回海外に赴く。思いもよらない掘り出し物に出会えるから。ネットには頼らない。日本で手に入らない本が次々に手に入る。自分の好きな本を選ぶ。自分が好きな本じゃないと紹介できない。結局3時間で50冊、30万円分の本を購入。

愛知・豊橋。
ホテルのラウンジに本を並べて欲しい。男の書斎風に仕立てる。出来ればオーナーが持っている本でということ(昭和初期の本が多い)。何も印刷されていない真っ白い本を用意。インテリア用の本。まず、自分で買った本を並べる。もちろんすべて読破済み。「小津安二郎の食卓」など。なるべくオーナーの本を入れるが、古書の存在感が大きすぎる。重すぎる。30分以上悩む。ゲストが読んでなんぼ。オーナーの蔵書を減らし、自分で買った本を増やす。8時間かけて本棚完成。知的好奇心を刺激する本棚になった。「面白いと思って手にとってもらえればうれしい。」

東京の都心にオフィスを構える。企画や流通など本に関わる広い業務。業績順調。32歳。1976年愛知県生まれ。子供の頃から本好き。ブックレビューで活躍。26歳の時に本の陳列を手がける。ハリー・ポッターの発売日にすべてハリー・ポッターにするのが簡単。だが、そういうことはしない。

ひっきりなしに取材がくる。奥さんも編集者。5000冊の本棚。93年のアサヒグラフ。高校生の時に買った雑誌を今でも持っている。絵本も持っている。同じ本を我が子と一緒に読む。

大阪・千里(リハビリ施設の本棚)。
自分が手がけた本棚を見に来る。リハビリ中の患者から意見を聞く。ぱらぱら漫画を紹介。リハビリに良いかも。谷川俊太郎の「手紙」。好きな詩なので書写するとリハビリがはかどる。今まで本がなかった場所に本を置くことに意義を感じる。

広島の結婚式のロビー。
新郎新婦が家族とのつながりを思える本棚にしたい。「のび太の結婚前夜」。かなり意外な選書。

番組のために何冊か本を選んで欲しい。月曜日から1週間がんばるための3冊。(番組の最後に紹介)

ふたたび広島の結婚式場。
結婚に関する本を100冊集めた。「結婚生活は長い言葉である」ニーチェの言葉。彼らの言葉と本を組み合わせて構成する。本を並べることは自己表現ではない。あくまで媒介者である。本で言っていることに耳を傾けてよ、と言う気持ち。本を並べることに全霊を傾ける。「結婚するやつは馬鹿だ。しないやつはもっと馬鹿だ。」そういう言葉とともにおいてある。「愛する、それはお互いに見つめ合うことではなくて、一緒に同じ方向を見つめることである。」

「本がどこまでもつれていってくれる。本を信じている。」

10月、結婚式場オープン。カップルが本を見て感動しているシーン。

お願いしていた番組のための3冊(月曜日から1週間がんばるための本)。「スヌーピーたちの人生案内」。小股で半歩確実に前に進む、というイメージ。「就職しないで生きるには」。仕事をしないと言うことではなくて、仕事を自分で発明するには、と言う本。3冊目は週刊少年ジャンプ。


【テレビ】クローズアップ現代「見過ごされる副作用」について

Posted by kharuna on 水曜日, 1 10月, 2008

たまたま晩ご飯の時につけていたテレビで、クローズアップ現代をやっていて、テーマが「見過ごされる副作用」でした。これは薬学生としては見逃せないテーマだなと思って見ていました。どんな内容だったかは、以下を参照してください。

引用(NHKのホームページから):

「年のせい」「病気のせい」とされてきた症状の多くが、実は高齢者が日常的に飲んでいる薬によって引き起こされている実態が明らかになってきた。ふらついて転倒したり、腎不全や心不全を起こしたりして、深刻な事態に陥ることも少なくない。こうした副作用が起こる原因のひとつは、加齢とともに体の代謝機能が衰えてくること。

見ていて思ったのですが、高齢になってくると副作用が出やすいというのは、薬学部では講義で何回も出てくる常識的なお話です。それで、何で今頃わざわざクローズアップ現代で特集するのだろうと思っていたのですが、やはり急激に進んできた高齢化によってこのような副作用を訴える患者さんがとても増えているとのことでした。つまり、患者さんの高齢化が進んできて、今まで副作用が出なかった患者さんでも、副作用が出てきてしまったとのことでした。

この問題に対してのVTRも出てきました。日本では主に開業医の医師が登場して、この人たちが積極的に副作用のセミナーに参加して現場に応用している、ということでした。これに対してアメリカの医療現場が紹介されました。ただ、ちょっと引っかかったのは、日本が開業医さんの対処の仕方を紹介したのに対して、アメリカは、病院のチーム医療が紹介されました。なぜ日本側のVTRでは、病院を紹介しないのだろうか・・・。

それで、アメリカ側では薬剤師のチェック機能が高く、また高齢者に対して副作用が出やすい医薬品があると「警告」としてカルテの画面が赤くなるというようなソフトもあるようでした。ゲストコメンテーター(東大教授・大石先生)は、

「日本でも薬剤師と医師の連携は高まっていますが、このような警告を出してくれるソフトはまだ開発されていないです。」

とのコメントでした。そうですよね、チーム医療は日々進歩してますよね。てなわけで、高齢者に対する副作用(骨粗鬆症の薬や中枢系の薬が多かった)のお勉強でした。


【アニメ】精霊の守り人

Posted by kharuna on 日曜日, 7 9月, 2008

「精霊の守り人」というアニメにちょっとはまっています。

公式サイト
http://www.moribito.com/

たまたまテレビをつけたときに第1回がやっていたのですが(NHK!)、映像自体がとてもキレイなのと、展開が気になるストーリーがすばらしいと思います。

あらすじは、守り人シリーズ – Wikipediaに載っています。

短槍使いの女バルサは、青弓川に流された新ヨゴ皇国の第二皇子チャグムを救う。彼はその身に、この世(サグ)と重なって存在する異世界(ナユグ)の水の精霊ニュンガ・ロ・イム〈水の守り手〉の卵を宿していた。チャグムの母、二ノ妃は、バルサにチャグムを連れて逃げるよう依頼する。新ヨゴの建国伝説では初代皇帝トルガルが水妖を退治したとされ、水妖に宿られたチャグムを、皇国の威信を守るため父帝が秘密裏に殺そうとしているのだ。

つまりは、「水妖にとりつかれてしまった王子を、王様が殺そうとするのを主人公であるバルサという女用心棒(美人)が守る」という、だいたいこんな話です。あらすじだけ読むと、「はあ、まあ、アニメですね。」という感想なんだけど、実際にみてみるとなかなか面白いんですよね。衣装とか住居の雰囲気は、昔の中国なんかを思い出させるような世界です。

ちなみに「守り人シリーズ」の世界観もWikipediaに載っていました。

この作品の世界には、目に見える人間の世界(サグ)と目に見えない精霊の世界(ナユグ)がある。この二つの世界は同じ時、同じ場所に重なって存在する。呪術師は呪術によってナユグを見たりそこの生き物と話したりできる。また、ごく一部の人間(主に子供)は、呪術を用いなくてもナユグが見えることがある。まれにサグとナユグの交わる場所があり、カンバルの山の底、青霧山脈の谷間などがそうである。物語に主に登場する国は、新ヨゴ皇国、カンバル王国、サンガル王国、ロタ王国の 4 国だが、後半になると海の向こうの大国であるタルシュ帝国およびそれに征服された枝国(属国)も登場する。言語は国によって異なり、国によって宗教も異なる。

こういう世界を作り出せる日本のアニメーションってすごいなぁと思います。個人的に一番いいなと思うのは、やっぱり映像ですかね。最近のアニメーションはますます技術が上がっていると聞きますけど、この「精霊の守り人」は、全体的にちょっとソフトな輪郭というか、線がはっきりしない感じが好きなのであります。

32歳のボクが楽しめるんだから、大人がみてもなかなか面白いアニメじゃないかなぁと思います。アマゾンでも買えますけど、ツタヤでレンタルもできますよ。

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4 原作付きアニメの良作
5 優等生なアニメ
4 女用心棒の信念
5 原作をぜひ読んでください。
1 冒頭部分で駄作と判断できる親切な作品